NEW COACH COMING BACK TO YOKOHAMA Vol.2 14年の時を経て石井琢朗が横浜に帰還す

NEW COACH COMING BACK TO YOKOHAMA Vol.2 14年の時を経て石井琢朗が横浜に帰還す

もうご存知の方も多いと思いますが、石井琢朗氏がベイスターズコーチとして契約を結びました。

https://www.baystars.co.jp/news/2021/11/1113_06.php

こんな嬉しいことはありませんよね。

1軍コーチ 石井琢朗

駆け抜ける スタジアム 君の勇姿 明日の星をつかめよ 石井その手で

1988年、ドラフト外で大洋ホエールズに投手として入団しました。

翌年にプロ初先発初勝利をマークし、この時は将来有望のピッチャーが入ってきたと思っていました。

しかし、本人は当初から「野手志望」だったので、当時の須藤監督に自ら「野手転向」を申し出たのでした。

野手に転校後、石井忠則から「石井琢朗」に改名し、そこから先の活躍は…..書くと長くなるので省略します(笑)

1998年の優勝メンバーであり、ハマのリードオフマンとして真っ先に名前が挙がるのは「石井琢朗」だと思います。

日本シリーズの時のセーフティバントは今だに忘れられません。

ゴールデングラブや盗塁王、最多安打など数多くのタイトルを獲得し、横浜にとってなくてはならない存在でした。

しかし、チームの低迷期だった2008年にベイスターズを退団することになってしまったのです。

この時は本当にショックでした。引退まで横浜にずっといると思っていましたから。

球団と円満に解決しないままの退団に、激しい憤りを感じたことを思い出しました。

オフに自費で横浜スタジアムを貸切にして、「ありがとうの会」を開いてくれました。

その後、広島に移籍し、4年間プレーした後、引退しました。

あの時のハマスタは、ベイスターズファン、カープファン、全てのファンが「石井琢朗」のファンでした。

泣きながら応援歌を歌ったのを思い出して、また目頭が熱くなってしまいそうです。

盗塁王4回、最多安打2回、プロ生活24年での通算安打数は2432本、ゴールデングラブ4回、ベストナイン5回など

輝かしい成績が残されております。

引退後は広島、ヤクルト、読売でコーチに就任し、13年の時を経て横浜に帰ってくるのです。

こんな嬉しいことはない!

2019年ファンフェスで石井琢朗氏がビデオメッセージで出演してくれたことは本当にサプライズでした。

ハマスタ40周年の時もコメントをくれました。

数々の節目の時は、横浜スタジアムでその瞬間を観ていた気がします。

まだ正式なポジションは決まっていないようですが、心強い方が帰ってきてくれたわけです。

読売を退団した相川コーチも近くベイスターズのコーチとして招聘されるようです。

この件は、正式発表が出た時に書きたいと思います。

 

来シーズン、ベイスターズの巻き返しを楽しみにしています。

 

それでは、また✋

I☆YOKOHAMA

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